特別インタビュー②「弘道館館長」濱崎加奈子さん
弘道館館長の濱崎加奈子さんに聞く、茶の湯でお茶を「点てる」こと
公益財団法人「有斐斎 弘道館」の代表理事兼館長を務め、日本文化研究所を主宰する濱崎加奈子さん。「きょうとまるごとお茶の博覧会」では、さまざまな日本の伝統文化から得た経験を活かし、統括アドバイザーを担当されます。今回は「点てる」をテーマに、茶の湯を通じた精神文化についてお伺いしました。
公益財団法人「有斐斎 弘道館」での活動

―まず、公益財団法人「有斐斎 弘道館」(以下、「弘道館」)について教えてください。
ここは元々、京都を代表する江戸中期の儒学者・皆川淇園(みながわきえん)が創立した学問所です。2009年に取り壊しの危機に直面していたのですが、歴史あるこの場所をなんとか残したいと思い、私たちの活動がスタートしました。簡単に「残したい」と言いましたが、これがとても大変なこと。最初は庭に苔もなく、木が生い茂っているような状態でした。資金もありませんし、自らも手を動かしながら一日一日と積み重ねて、なんとか今日に至ります。建物を維持するためには、休まず活動を続けていかなければなりません。

―“建物を維持するための活動”とは、一体どんなものでしょうか?
さまざまな日本の伝統文化を伝える講座や催しを行っています。特に、茶室と庭を生かすことは大切な役割と考え、茶事や茶会を通した学び舎としての活動をメインに行っています。茶会といえば、現在では、多くの方が集って同じお茶碗でいただく形であったり、お稽古ごとの一環のような堅苦しい場を想像する方も多いと思います。ですが、本来は、一席ごとに、お迎えする方のことを考え、どのようにすれば喜んでいただけるかなと想像しながら、掛け物や器、菓子、花といったさまざまなものを工夫し、取り合わせていくものです。「一期一会」という言葉がありますが、人と人が同じ空間に集い、一盌(いちわん)の茶を囲むことができる有り難さを感じることができる時間は貴重です。暮らしの中に、そのような時間と空間を作り上げてきた先人の知恵を伝えることは、活動のミッションでもあります。

―日本らしいおもてなしの精神ですね。ほかにも大切にしている精神はありますか?
弘道館での活動において、建物の維持と同じくらい重要な目的が、皆川淇園の精神を伝えることです。皆川淇園は科学者であり、芸術家であり、絵も字も達者なスーパースター。そんな皆川淇園の学問所だからこそ、知を横断的に捉えることを意識しています。例えば、お茶は、歴史や理論も面白いのですが、やっぱり、「美味しくいただくこと」が大切ですよね。一盌のお茶を精一杯、心から美味しいと思えるには、第一に健康であること、そして感謝する心の余裕があることです。
これは、当たり前のようではありますが、とても重要です。その上で、できれば茶碗の来歴を理解したり、掛け軸の文字が読めたりするならば、喜びもひとしお。つまり、身体を整えて、心を鍛えて、頭もフル回転させる……それが「学ぶ」ということなのかもしれません。庭の維持を通して自然との対話が生まれたり、人を迎え入れることで人間関係を育んだり、すべてが繋がっています。大げさに聞こえるかもしれませんが、お茶を通して学ぶことは、私たちの暮らしの営みそのものであり、生きるとはどういうことなのかを教えてくれるものなのです。
濱崎さんにとっての茶道とは

―そもそも、どうしてお茶をはじめられたのでしょうか。今までどのようにお茶と関わってこられましたか?
高校生の頃、茶道部に入部したのがはじまりです。母が茶道を習っていたと聞いて、なんとなく憧れを持つようになったんです。京都の大学に入ってから一度は茶道と離れましたが、日本舞踊や常磐津節(ときわづぶし)を習ってみたり、能や香など、いろいろな日本文化と触れ合いました。茶道は東京にいた大学院時代に再開し、今に至ります。

―さまざまな伝統文化に触れてきたことで、お茶との向き合い方も変わってきそうですね。
そもそも美味しいお茶を飲むことだけが目的であれば、わざわざお手前を見せなくても良いと思いませんか? ですが、この所作にこそ大きな意味があるのだと思います。亭主の所作を通して、その場に集う人が同じ心になる。究極的には亭主と客が一緒に呼吸をしている、とも言えるかもしれません。目的は「一座建立(いちざこんりゅう)」です。能楽を大成した世阿弥の伝書にも出てくる言葉です。能と茶は、同じ中世に生まれた芸能として、共通する精神が宿っていると感じます。あらゆる芸能に触れるなかでそう感じるようになりました。

―濱崎さんにとってお茶を点てる時間はどのような時間なのでしょうか?
約4時間にわたる茶事の中で薄茶を点てる時間はわずか20分ほど。露地を渡って茶席に入るところからはじまり、炭を起こし懐石やお酒をいただいて、お菓子と濃茶の後に薄茶をいただく。とにかく美味しいお茶になるよう、心を込めるということに尽きるのではないでしょうか。毎回反省しますが、それも含めてお茶の豊かさであり、有り難さだと思います。
きょうとまるごとお茶の博覧会について

―きょうとまるごとお茶の博覧会における統括アドバイザーとしての役割を教えてください。また、開催を通じてどのようなことを期待されますか?
府域には歴史あるお茶の産地があり、煎茶や抹茶のご宗家もおられ、小学校などの教育現場で茶道体験が行われているという、全国的に見てもお茶に関わるさまざまな取り組みが展開されている地域です。しかしながら、お茶をめぐる状況は決して楽観的なものではありません。大阪・関西万博を契機にして、お茶の生産者から茶器や室礼(しつらい)に関わるものづくり、懐石や菓子等の食に関わる方々まで、あらゆる角度からお茶の文化の広がりを浮き彫りにすることで、互いに交流を深め、新たな文化の創造の扉を開くことができればと期待しています。とりわけ、子どもさん方に取り組んでいただいている茶会プロジェクトは、お茶「を」学ぶのではなく、お茶を通して世界とつながるプロジェクトです。お茶を囲んで、世界友好の輪が広がれば嬉しいです。

―確かにお茶には敷居が高いというイメージがありますね。
お茶は奥が深いですが、入り口はたくさんあります。着物、菓子、器、庭、畳など、素敵だな、触れてみたいなと思うものはありませんか。どれか一つにでも興味をもつことができれば、それが入り口になります。年齢や国籍を問わず、どんな人でもはじめることができます。お茶に限らず日本の文化は参加型。今の伝統文化は普段の暮らしから遠くなってしまいましたが、本来は暮らしの延長線上に開かれてきたもの。先入観を取り払って、ぜひ参加してみてください。

―世界中で抹茶がブームになっていますが、まだまだ正しい理解が進んでいないようです。国内外の人たちにどんなことを伝えたいですか?
まずは、お茶というものが、たいへんな手間をかけてつくられるものであることに思いを馳せていただきたいと思います。日常に溢れているが故に考えたことがないかもしれませんが、貴重な茶葉をいただいて、急須に淹れていただくのは本当に贅沢なことです。抹茶はなおさら貴重な茶葉になりますが、そんな大切なお茶だからこそ、好きな場所で、好きな器で、好きな人と一緒にいただきたいですし、そんな楽しみを、一人でも多くの方に味わっていただけたらと思います。